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 Heritage
-Story-

 ヘリテージのクラフトマン達は、芸術作品とまでいえるギターを作り出すことにその生涯を捧げている。
 その献身的姿勢は豊かな経験と結びつき、最上級のスプルース、マホガニー、メイプル、エボニーといった木材の選定にも生かされているのである。

 世界各地のヴィンテージ・ギターショップに、新作としては唯一並べられているギターブランド、ヘリテージ。
 それは、世界中のビルダー、コレクター、そしてプレイヤー達がヘリテージ・ギターの持つ美しさ、クオリティ、プレイアビリティを賞賛していることの証なのである。
Musical Instruments
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 Heritage/Top
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 ヘリテージギターはミシガン州カラマズーで製作されている。時を越える至上のギター製造のためのファクトリー。しかしそこにはコンピュータ制御による工作機械はなく、またオフィスワーカー風のスタッフや、最新型の装備もない。
 ただそこでは、熟練されたクラフトマン達が木材をカットしたり曲げたり、アバロンインレイやABSバインディングを仕上げ研磨していたり、またファイン・ラッカー塗装を手作業で行っていたり、…ファクトリー内ではそんな光景が展開されているのだ。
 そう、ヘリテージ・ギターの製造工程の90%はハンドメイドによるのである。

 こういったヘリテージ・ギターの製作スタイルは、個性的なギター、いわば聡明なプレイヤー達のために作られるカスタムメイドのギターを作り上げるにあたり大変有用である。
 たとえば、特注のレフトハンド仕様モデルの製作、または最良の木材の選定、そしてまた特別な塗装・仕上げなどにである。

 ヘリテージ・ギターを手に入れること。それはあなたのギターコレクションの数が1本増えることとは異なる意味を持っている。
 それは、世界中のプレイヤー達から賞賛されるマスターピースを手に入れるという、特別な価値を持っているのだ。




【HOW IT BEGAN:Heritage社の成り立ち】
 ヘリテージ・ギター・インコーポレイテッドは1985年、ミシガン州カラマズー、225パーソンズストリートにて創設された。そしていまでは、世界有数のプレミア・ギターのブランドとしての名声を獲得するに至っている。
 世界中のビンテージギターショップにおいてさえ、唯一ヘリテージの新作ギターだけが取り扱われており、それはまたヘリテージギターがコレクションの対象となりうる価値とグレードを持っていることを示しているのである。

 ヘリテージギターのはじまりは1984年にさかのぼる。

 その年の8月、ギブソン社はカラマズーのファクトリーを閉鎖し、生産の拠点をテネシー州ナッシュビルに移した。なお、現在のギブソン社の本拠地となっているナッシュビルの工場は、1975年からギターの生産が行われていた。

 これにともないファクトリーのクラフトマン達はナッシュビルに引越しすることになった。とはいえ、彼らには大切な家族がいる。長年住みなれたカラマズーの土地からスッパリ立ち去ることは容易でなかったのだ。(現実的で泣かせる話ではないか!)

 そんな中、ジム・デュロー、マーヴ・ラム、そしてJP・モーツの3人は決意する。カラマズーにとどまり、これから自分達の手でギター・ビジネスをスタートさせることを。1985年には同じくギブソンの社員であったビル・ペイジとマイク・コーパックを加えたオーナー5人で、正式に法人組織として創業したのである。(なおマイクは同年、メンバーから外れた)

 創業、とはいえ、そこにはギブソンが生産を続けてきたファクトリー、そして使い込まれた工作機械、そして何よりも、オーナー達自身が25年を超えるギター製作経験の豊富なプロフェッショナルがはじめたブランドである。
(この点が、他の新興ハンドメイド・ブランドとは決定的に異なっている。「ビンテージのクォリティを新作で得ることができる」とのヘリテージへの評価は、このことに由来している)

 ギブソン社がギター製作を行っていた5つのファクトリーのうち、最も古い建物でヘリテージは自社ブランドでの操業を開始した。1917年に建てられたこのビルは、それまでカラマズーにおけるギブソン・ギター製作の中心をになっていた場所であった。
 また、こんにちのヘリテージが使用している工作機械の多くは、ギブソン社から購入したものである。
 2000年現在、ヘリテージ・ギターの社員は31人。そのうちの27人はギブソン・ファクトリー時代から継続して働いている面々である。

 ヘリテージが初めて世に問うたモデルはソリッドボディ、シングルカッタウェイ仕様のH-140であった。このギターは1985年6月に開催されたNAMMショーにはじめてお披露目されることになった。

 以降、ヘリテージのラインアップは順次追加されてゆき、現在ではホロウ/セミホロウボディギターだけはなく、アコースティック、マンドリンなども生産されている。またそれらはジャンルごとに派生した数え切れないほどのカスタムインスツゥルメントから、全体のラインナップを構成しているのである。

 ギター製作において25年以上の経験を持つクラフトマン達、そして創業から15年間に及ぶ実績。それがヘリテージ・ギターの誇りといえるだろう。
* ヘリテージ・ギター社は他社による株式保有や提携を受けていない、独立した企業です。
(Heritage Guiar Inc. is not owned by affiliated with any other manufacture of stringed instruments.)
(この文言は、現在のヘリテージカタログでも必ず付さているものです)


【OWNERS/FOUNDERS:創設者の横顔】
JIM DEURLOO;ジム・デュロー
 ヘリテージの中心的人物であるジム・デュローは1939年4月17日、ミシガン州プレインウェル生まれ。1958年8月よりギブソン・ファクトリーのリム/ネックサンディング工程に従事。その後、木工部門や木型製作でのマシン操作を行いながらキャリアを積んでいった。
 1969年から74年まではギルド・ファクトリーのマネージャーの一人として働くが、75年より再びギブソンに戻り、創設間もないナッシュビル・ファクトリーの整備にプロジェクト・マネージャーとして参加。製造工程や各種ツール、そしてそれらの手配に至るまで幅広く尽力した。またこのとき、ジムは技術部門のリーダーでもあった。その後、アシスタントのプラントマネージャー、そして78年よりチーフとなった。
 現在、ジムはヘリテージ社のオーナーの一人であり、また木型作成、デザイン、製作一般とボディの機械加工なども行っている。
 ちなみに、彼の趣味はゴルフだという。

MARVIN LAMB;マーヴィン・ラム
 マーヴィンはアラバマ州ハンツヴィル、1939年6月25日生まれ。55年にミシガン州に移動。56年の5月にギブソンに入社し、はじめにボディの研磨仕上げ工程を担当し、その後は木工部門における検品やフィニッシュ、アッセンブリーの取り付けにいたるまで、さまざまな作業の監督を担当している。74年にはファクトリーの所長に昇格し、84年にギブソンが生産拠点をナッシュビルに移動するまで歴任したのであった。
 マーヴィンはヘリテージ社のオーナーの一人であり、デザイン、木型作成、ネック製造、また塗装にもさまざまなアイディアを提供している。
 彼の趣味はハンティングと釣り、だそうだ。

JP MOATS;JP・モーツ
 1936年2月10日、アラバマ州モールトン生まれ。52年にミシガン州に移り、製紙工場で5年間働いている。57年にギブソン入社。木地研磨と最終仕上げに従事し、続いてバフ仕上げや検品などの最終的な品質管理に関する業務、さらには工場が仕入れる木材の検査なども担当していた。またリペアやカスタムオーダーも手がけていた。
 現在、彼はヘリテージ社のオーナーの一人として、またデザイン、材料の選定、リム加工、接着工程などを担当している。
 JP自身、ギターの愛好家/コレクターであり、趣味でギターの(ときには車も)の売り買いや交換を楽しんでいるという。

BILL PAIGE;ビル・ペイジ
 1945年6月3日、ミシガン州アルピナ生まれのビルは、70年代はじめにカラマズーに移り住んだ。海軍に服役したのち西ミシガン大学のビジネススクールを74年に卒業している。
 ビルは75年にギブソンに入社。84年にギブソンがファクトリーから離れるまで、原価計算係などの会計部門で辣腕を振るっていた。
ビルはヘリテージのオーナーであり、トータルな立場からの企業運営に尽力している。
 そんな彼の趣味は、マス釣りである。

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